Nipsey Hussleが死去 彼の功績に思いを馳せる【追悼コラム】

Nipsey Hussleが死去 彼の功績に思いを馳せる【追悼コラム】
 

2019年3月31日(現地時間)、California州Los AngelesはCrenshaw出身のラッパーNipsey Hussle(ニプシー・ハッスル)が凶弾に倒れた。ローカルなアーティストを含めればこのような訃報は常に付きまとうUSのHipHop業界ではあるが、まさかNipseyのような、順調にキャリアを築きストリートからも愛されていたであろう男が銃弾によってこの世を去ってしまうとは・・・。遠い日本の地にいながらも、やり切れない思いに駆られてしまう。

“Hussle In The House” で証明した、次世代の正統派西海岸サウンド

筆者がNipsey Hussleの存在を知ったのは、 2008年。ミックステープ 「Bullets Ain’t Got No Name Vol.2」からのシングル”Hussle In The House”のミュージックビデオを観た時だ。この時点ですでにEpic Records、Cinematic Music Groupと契約していたNipsey。 所謂G-Funk的な音使いがめっきり下火になっていた当時、”Kriss Kross – Jump”をサンプリングしピーヒャラシンセが炸裂する同曲を聴いた時の衝撃は今も鮮明に覚えている。サウンド面以外にもSnoop Doggを思わせる出で立ちや、Crips(Rollin 60’s Neighborhood Crips)のメンバーであることからも「久々に正当派な西海岸ラッパーが現れた」という感想を抱いたのは、私だけではないだろう。この頃LA周辺の西海岸らしいサウンドを聴かせる新世代のラッパーたちを「New West」と呼ぶ動きがあったが、その筆頭とも言える存在が彼であった。


ビデオ公開日2009年10月25日
収録タイトルBullets Ain’t Got No Name Vol.2 [2008年12月4日]
元ネタ Kriss Kross – Jump [1992年]


コンスタントなリリースを経て自主レーベル「All Money In」の設立へ

2008~2012年頃に掛けては「Bullets Ain’t Got No Name Vol. 2~3.1」、「The Marathon」、「The Marathon Continues」、「TMC: X-Tra Laps」、「Raw」と毎年(時に年に2作というペースで)ミックステープをリリース。筆者個人としては、前述の”Hussle In The House”で「Nipsey=西海岸黄金期のサウンドを蘇らせてくれる存在」と勝手に期待を抱いていただけに、予想外に新世代なサウンドを聴かせる彼(というより当時の西海岸勢全般)にはあまり馴染めず、この時期は積極的に追い掛けてはいなかった。それでもSnoop Dogg、The Gameら西の大物からDrakeまで、メジャー一群ラッパー達との共演/客演でのお呼ばれが急速に増え始めたことや、2010年にはEpicとの契約を解消し自主レーベル「All Money In Records」を設立したことで、名実共に着実にキャリアを築いている印象はあった。


ビデオ公開日2014年11月8日
収録タイトルBullets Ain’t Got No Name Vol. 3.1 [20019年11月21日リリース]
元ネタ


時代の流れを的確に掴んだ”Crenshaw”

筆者が再び彼の動きに注目し始めたのは、2013年にリリースされたミックステープ「Crenshaw」がきっかけだった。HipHopシーン全体におけるサウンド面の傾向として、かつて程の地域差が感じられなくなった時代。同作もそのような流れを汲んだ内容となっており、黄金期は愚かこれまでの彼の作品で多く聴くことの出来たNew West期のようなサウンドすらも消え、今にして思えば”全国区的なTrapブーム前夜”を思わせるような作風であった。またこの時彼の独自の嗅覚は、サウンドだけでなく販売・経営面においても発揮され(「Crenshaw」は無料DLが可能であったにも関わらずCDを1枚100ドル、かつ1000枚限定で発売。アーティストの新たなマーケティング手法を示し、結果Jay-Zが100枚購入したことでも話題となった。)、ただのギャング上がりという枠に収まらない存在感を放っていた。
更に翌2014年にリリースされたミックステープ「Mailbox Money」でも同様の手法が用いられ、こちらは100枚限定、1枚1000ドルで発売された。


ビデオ公開日2017年10月15日
収録タイトルCrenshaw [2013年10月8日リリース]
元ネタTom Scott and The L.A. Express – Sneakin’ in the Back[1974年]


ビジョンが広く伝わり始めた2017年、その後「Victory Lap」で待望のアルバムデビューへ

やや露出の減った2015年を挟み、2016~17年にはミックステープ「Slauson Boy 2 (“~各地で進化を続けるTrapに夢中になった1年~Playlist:「The Best of 2016」“にて選出した、”Ocean Views” “Question #1 feat. Snoop Dogg”収録)」、「Famous Lies And Unpopular Truths」、「No Pressure」をリリース。アルバムデビューをしていないにも関わらず、この頃にはすっかりシーントップのラッパー達と肩を並べる程の存在に。また2017年には、自身のブランド「Marathon Clothing」の店舗をオープン。地元での雇用の捻出から、更には若者へ教育の機会を与える場を設けるなど、音楽を超えコミュニティへ還元する動きも多く見られた。筆者としてはJay-ZやDr.Dreのようなビジネスマンとしての成功も予感せずにはいられなかったし、フッドへの貢献度からはある意味先人以上のヒーロー振りすら感じられた。

その後2018年、Atlantic Recordsとパートナーシップを結び(制作はAll Money In主導、配給をAtlanticという形と思われる)待望のデビューアルバム「Victory Lap」をリリース。同作は全米アルバムチャートBillboard 200にて初登場4位を記録し、2019年2月に開催された米国音楽業界最大の式典第61回グラミー賞において「ベストラップアルバム」部門にノミネート。現行西海岸的サウンドを取り入れつつも、全方位を見据えた成熟したHipHopとなっており、”満を持して”という言葉がぴったりの脂が乗り切った内容であった。


ビデオ公開日2018年1月19日
収録タイトルVictory Lap[2018年2月16日リリース]
元ネタ


享年33歳。早すぎる死と、今後も語り継がれるであろう彼の作品と功績

そんなこれまでのキャリアが実を結んだ矢先とも言えるタイミングで起こってしまった今回の事件。当記事執筆時の時点ではすでに犯人と見られる男は逮捕され、事件前に両者が口論になっていたこと、現場がNipseyが経営するMarathon Clothingの店舗前であったことなども報じられている。


執筆にあたり彼のこれまでの作品を、記事中に登場していないものも含め一通り再度チェックしてみたが、現行シーンに慣れた現在の筆者の耳にはかつて馴染めなかった楽曲も違和感無く聞くことが出来、どの作品も捨て曲の少なさに驚いた。Nipseyについてはビジネスの素質や地元コミュニティへの動きなどが語られがちだが(勿論そういった存在であることは紛れも無い事実だが)、その緻密で先見性のある真っ直ぐな彼の性格が楽曲作りへも反映されていたのだと改めて気付かされる。

今後彼の活躍を見ることが出来ないのは残念としか言いようがない。遠く離れた日本から、一ファンとして追悼の意を表したい。