「Type Beat」に見る、未だ受け継がれるHipHop的発明の精神

「Type Beat」に見る、未だ受け継がれるHipHop的発明の精神
 

そもそも「Type Beat(タイプビート)」とは?

「Type Beat(タイプビート)」。ここ1、2年位でようやく日本でも頻繁に聞かれるようになってきたこの言葉。これはビートメイカー達が”既存のアーティストの曲調に似せたビートを作り、そのアーティスト名をタイトルに付け販売する”というもので、例えば「Simple10」というグラミー受賞暦のある売れっ子ラッパーがいたとして、彼の楽曲に似たビートを他のビートメイカーが作り「Simple10 Type Beat」として販売サイトやYouTubeにアップロードする。これにより著名なアーティストと同じタイプのビートを求めるラッパーに自身のビートを聴いて貰えるチャンスを増やし、結果としてビートを売れやすくしようという、ある種の営業戦略である。

と、ここまではどこでも語られがちな「Type Beat」の解説だが、当記事では他ライターがまず書けないであろう「Type Beat」が生まれた背景をお伝えしていきたい。

「Type Beat」が拡まった本当の理由

現在「Type Beat」と言えば、YouTubeやSoundCloud、或いはBeatStarsなどの販売サイトを利用することが主流と言われているが、この「インターネット上でHipHopのビートの売買をする」行為は、かつて「SoundClick」というサイトで行われることが最もポピュラーであった。(その後Airbitの前身であるmyflashstoreとBeatStarsがサービスを開始し、拡がりを見せる。)

SoundClick公式サイト:
https://www.soundclick.com/

このSoundClick(現在はサイトデザインもだいぶ変わったが)、ビートをアップロードすると他ユーザーのビートと供に新着順に一覧表示されるのだが、故にあっという間に自分のビートが後のページへと流れていってしまう。SNSのタイムラインのような仕組みであり、アップロードしても人目に触れ易い時間はわずか、検索タブはあるものの無名なプロデューサーが誰かに検索されることも無い。そのような状況で、「何とか自分のビートを人目に付くようにしたい」ということから拡まり出したのがこのType Beatである。誰が始めたのかは不明だが、筆者が遡って調べた限り2011~2012年頃にはすでにそのような売り方をしている者が存在しており、 一部の者がそれを始めてしまえば他の者もやらざるを得ない状況にもなる。(ちなみに日本人では、2015、16年頃にはネット上にType Beatをアップしている者を僅かではあるが当時の段階で確認している。)

この「限られた環境、制約がある中で何とか自分をアピールしたい」「ライバルを出し抜きたい」と工夫を凝らし、新たな手法を編み出す行為は何ともHipHopらしい。楽器の代わりにサンプリングを行い、曲が無い者は既存のレコードのインストにラップを載せ、インストの代わりにビートボクシングを編み出してきたHipHop。この発明家的精神が、道具は変われど現在もしっかりと受け継がれていると言えよう。

「Type Beat」の拡まりについて筆者が目にしたある記事では

拡大の大きな一員として、タイプビートで音楽をやる環境が整ってきていることがあげられます。BeatStarsやAirbitのビート販売サイトが充実化し、ライセンス問題や決済など、多くの課題が解決されています。

引用元:
https://posstblog.com/

と書かれていたが、前述の内容からこの考察は正確とは言い難い。環境が整い課題が解決したからではなく、解決しなくてはならない現実的な問題があったからこそType Beatは生まれ拡大したのだ。

「Type Beat」以降の動き

これだけ「Type Beat」が広まってしまうと、当初のような「自分のビートが人目に付かない」状況が再び起こることになる。実は既にそのような状況は起こっていて、US及び海外のビートメイカー達は次の”発明”に動き始めている。その一つが数年前から目立ち始めた「サンプルパック」の販売で、これはミックスまで作り込まれたキックやスネアなどの単発音/簡単なループなどをファイルにまとめたサンプリング素材集のようなもの。 ”ビート”ではなく”ビートの素材”をプロデューサー自らが作り販売することで、 従来のラッパーを相手にする商売だけでなく、本来同じ立場であるビートメイカーへも商売をしてやろうという発想だ。

機材の進化によりこれだけ楽曲制作自体の敷居が下がっている時代に、著名なプロデューサーによる即戦力となる音素材まで手に入るようになってしまうと、無名なビートメイカーにとっては益々競争率が増し、苦しい状況になってくる。しかし、これはまた新たな”発明”が生まれるきっかけであると筆者は確信している。

同じ場所に留まらない/呑気にしているとあっという間に置いて行かれそうな競争心故の移り変わりの速さもHipHopらしいなと感じるが、このような「限られた環境の中で他者に引けを取らないための発明とそれを生み出す精神」は、我々の日々の生活やビジネスにおいても役立つ場面がありそうだ。


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