彼については厳密に言えばラッパーというよりDJやプロデューサーという印象が強いが、この男にそのような線引きをする意味はあまりないだろう。最も知られる曲としては、HipHop史上初めてRoland-TR808を使った歴史的作品“Planet Rock (1982年)”が挙げられ、ドラムとベースを譜面上完全に同時に鳴らすアイデアや、スネアを抜きクラップのみを用いる手法など、現在のHipHopサウンドに通じる発明もされた。
Melle Mel
社会的なリリックを盛り込んだ名曲“The Message (1982年)”で有名な、Grandmaster Flash & The Furious FiveのメインラッパーだったMelle Mel。とにかく「声がでかかった」ようで、その野太い声で繰り出すラップが強烈。“The Message”のヒットにより起こった関係者同士の金銭問題からグループは分裂、その後ソロとして“Chaka KhanI – Feel for You (1984年)”に客演し、同曲はグラミー賞にて「Best R&B Song」部門を受賞。と、この辺りがキャリアのピークだったか、それ以降は台頭してくる次世代のMC達を前にその存在感は失われていく。それでも未だHipHop史における重要人物であることは間違いなく、“Lady Gaga – World Family Tree (2006年)”や“Macklemore & Ryan Lewis – Downtown (2015年)”、“DJ Kay Slay – Hip Hop Frontline (2019年)”など現代のアーティストの作品にも客演として招かれている。
ちなみにGrandmaster Flash & The Furious Fiveには、前述のギャングBlack Spadesに所属していたKeef Cowboyと言うラッパーがいたのだが、彼が(ラップやパーティーでの合いの手として)使っていた「Hip-Hop」という言葉を、Afrika Bamabaataa達がこの文化を指す名称として採用。今我々が当然のように使っている「HipHop」という名は、こうして付けられた。
MC達に焦点を当てたドキュメンタリー映画「The Art Of Rap (2012年)」にて、劇中最も登場回数が多かった男Grandmaster Caz。彼もまた70年代から活動するレジェンドの一人で、年齢もMelle Melと同い年だ。(供に1961年生まれ。また前述の「Macklemore & Ryan Lewis – Downtown」「DJ Kay Slay – Hip Hop Frontline」にもMelと供に客演に招かれている)。この男の最も有名な曲を挙げるなら、映画「Wild Style (1983年)」のサウンドトラックに収録された“South Bronx Subway Rap”だろうか。それ以外にも地元で人気のラップグループThe Cold Crush Brothersのメンバーだったことや、史上初めてレコード化されたHipHop”Sugar Hill Gang – Rapper’s Delight (1979年)“ へのリリックの提供(厳密には勝手に使われた)も有名だ。この勝手に使われた経緯だが、Cazと非常に近しい存在だったBig Bank HankがSugar Hill Gangのメンバーとして引き抜かれた際、Cazのリリックを無許可で勝手に使用してしまった、というのがこの件の通説となっている。(実際曲中には、Cazの別名である“Casanova Fly”というリリックも登場する。)
現在Cazは、現地で行われているHipHopの歴史と名所を巡る観光ツアー「Hush Hip Hop Tours」のガイドや、様々な舞台芸術のイベントを開催する団体「The Kennedy Center」内に置かれたHipHop部門の評議会(「Kennedy Center Hip Hop Culture Council」)に参加するなど、HipHopのより文化的な部分に焦点を当てた活動をしている。